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ネットジャーナル18

スピンの向きが100%揃ったハーフメタルの研究

――スピントロニクス材料としてのハーフメタルの特徴は。

理学博士 山本 眞史 教授

山本 スピントロニクスデバイスには、上向きスピンと下向きスピンの数に差がある状態を作り出すスピン源が必要です。通常、スピン源として強磁性体が用いられます。MTJの場合には、トンネル接合の電極が強磁性体となっており、スピン偏極した電子のトンネリングを用いています。MTJをメモリセルに用いるMRAMの場合、メモリ周辺回路はシリコンCMOS回路で構成されており、この点は従来のシリコンLSIと変わりません。メモリセルは、1個のMTJと、セルを選択するための1個のMOSトランジスタから構成されています。また、シリコンMOSトランジスタのソースとドレインの電極を強磁性電極に置き換えて、不揮発を特徴とするスピントランジスタを実現することが出来ます。このように、スピントロニクスデバイスでは、強磁性体をデバイスの電極に用いることによって、スピン偏極した電子をトンネルさせたり、スピン偏極した電子を半導体チャネルに注入し、制御することを動作原理としています。

このように、スピントロニクスデバイスでは、スピン偏極した電子を主役として用いるので、スピン偏極の度合い(スピン偏極率)の大きい強磁性電極を用いるほど、デバイスの性能が向上します。ハーフメタルはスピン偏極率が100%となる強磁性体であるために、スピン偏極した電子を用いるスピントロニクス材料としては理想的な材料です。例えば、現在、MRAM開発に用いられている強磁性電極材料は強磁性体のCoとFeの合金に非磁性のBを添加したCoFeB合金です。この材料のスピン偏極率は50%程度です。私達の研究室では、ハーフメタルの中でもホイスラー合金を中心に研究を行っています。ホイスラー合金はハーフメタルの中でも強磁性転移温度が高く1000度K程度です。このため、室温で十分に余裕をもって使うことのできる強磁性材料です。また、ホイスラー合金については、そのいくつかについて、理論的にハーフメタル特性が指摘されています。私たちは、ホイスラー合金とトンネルバリアとしてのMgOの格子定数が比較的近い値を持つことに着目し、ホイスラー合金と極薄膜のMgOバリアからなる単結晶エピタキシャル構造のMTJを提案し、実現しました。図Aにホイスラー合金の一つであるCo2MnSiを用いたMTJの層構造の電子顕微鏡写真を示します。Co2MnSiの強磁性下部電極の上に、絶縁体であるMgOトンネルバリア(2.5ナノメートル)が堆積され、さらに、その上にCo2MnSiの強磁性上部電極が堆積されています。原子が1個ずつ積み重なって堆積されていることが電子顕微鏡写真に示されています。

このようにMTJは異なる材料、今の場合では、ホイスラー合金薄膜とMgOトンネルバリアを積み重ねた層構造により構成されます。これをヘテロ構造と言います。優れたデバイスの特性を得るためには、薄膜として特性が優れているだけではなく、ホイスラー合金薄膜とMgOバリアの界面の構造が優れていることが重要です。図Aに示したように、私たちは、原子1個のレベルで平坦な、ホイスラー合金薄膜とMgOバリアの界面を実現しました。

私たちはさらに、ホイスラー合金Co2MnSiについて、本来はMnのサイトである原子位置に、Co原子が入るような構造欠陥が、ハーフメタル性を阻害する主な要因となっていることを実験的に明らかにしました。また、この構造欠陥を抑制するためには、Mnを過剰な組成にすることが有効であることを明らかにしました。この知見はMTJに限らず、ホイスラー合金をスピントロニクスデバイスに広く応用する上での普遍的な知見となるものです。また、界面でのホイスラー合金とMgOバリアの格子定数の差を低減するような層構造の工夫によって、コヒーレントトンネリングと呼ばれる効果が増大され、MTJのデバイス特性がさらに優れたものとなることを明らかにしました。この結果もMTJに限らず、ホイスラー合金からMgOトンネルバリアを介して半導体チャネルにスピンを注入する際にも有効なものです。

これらの知見を総合して、室温においてホイスラー合金を用いたMTJの優れたデバイス特性を実証しました(図B)。図BはMTJの2つの強磁性電極の磁化が反平行と平行の時のトンネル磁気抵抗を示しています。この比が大きいほど優れたデバイス特性となります。図Bに示すように室温において非常に大きなトンネル磁気抵抗比を実証しました。これは世界をリードする研究成果です。

広く適用できる知見を明らかにし、次世代のエレクトロニクスを担うスピントロニクスデバイスの創出を目指す

――スピントロニクスデバイスの研究は今後どのような方向へ進むのですか。

山本 スピン源としてのハーフメタルは、MTJに限らず、半導体スピントランジスタ、また、ハードディスクの磁気ヘッドに用いられるGMRデバイスと呼ばれるデバイスなど、多くのスピントロニクスデバイスに大変望ましい材料です。このように、ハーフメタルは現在、MRAMの実用化の研究に用いられているCoFeBの次の世代のスピントロニクス材料として、大きな期待がかけられています。重要なことは、研究を進める中で、より普遍的な知見を明らかにしていくことです。これによって、スピントロニクスデバイスの研究の進展により広く貢献することが出来ると思います。私たちは、具体的にMTJにホイスラー合金を適用し、デバイス特性を実証すると共に、デバイス特性を決めている要因を明らかにしてきましたが、これらの知見は、より広くハーフメタルをスピントロニクスデバイスに適用していく上での重要な知見となり、次世代のエレクトロニクスを担うスピントロニクスデバイスの創出につながるものと期待しています。

MTJで実証されたホイスラー合金の高いスピン偏極率を用いると新しい可能性を切り拓くことも可能です。最近、私たちの研究室では、ホイスラー合金電極から半導体GaAsのチャネルにスピン偏極した電子を注入するとともに、電子スピンと、GaAs結晶を構成している原子の核スピンとの相互作用を利用して、核スピンを効率よくスピン偏極できることを見出しました。この結果は、従来のスピントロニクスデバイスの概念を超えて、スピンを用いる量子情報の研究分野の発展の端緒となるものです。

高度情報化社会の現代、より大量のデータをより高速で使いたいという要求はますます高まるでしょう。スピントロニクスはこれまでのシリコンLSIの限界を突破できるような可能性を持っており、今後の研究には大きな期待がかけられていると思います。

(2013/03/01)

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