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脳の機能の解明と、失われた脳情報を補償する画期的な技術
研究と開発の両面から神経科学分野のブレイクスルーを目指す

写真:博士(工学) 西川 淳

情報科学研究科 生命人間情報科学専攻 
バイオエンジニアリング講座 神経制御工学研究室・准教授

博士(工学)西川 淳

プロフィール

1999年、北海道大学 工学部 応用物理学科卒業。2004年3月、同大学院工学研究科 量子物理工学専攻 博士後期課程修了、博士(工学)。2004年4月、独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター 生物言語研究チーム 研究員。2009年4月、同研究所 基礎科学特別研究員。2011年7月、大阪大学 大学院生命機能研究科 マイクロシステム神経工学研究室 特任助教を経て、同12月、北海道大学 大学院情報科学研究科 生命人間情報科学専攻 生体計測工学研究室 特任講師。2013年11月より准教授。主な研究分野は神経工学、聴覚生理学、計算論的神経科学、動物行動学,生体医工学。日本神経科学学会、日本神経回路学会、日本動物行動学会、Society for Neuroscienceなどに所属。

脳の音情報処理の解明と刺激/計測デバイスの開発

神経制御工学研究室ではどのような研究をおこなっているのですか。

西川 生体における情報処理の司令塔である脳の働きを理解するための基礎研究と、失われた脳の情報を電子機械から伝送することで脳本来の情報を補償する基盤技術の開発を行っています。具体的には、脳に多点電極を刺入して聴覚皮質における神経活動を計測する実験や、微細加工技術を活用した聴覚補償用マイクロデバイスの開発です。

聴覚を補助する技術のひとつに人工内耳があります。人工内耳は内耳の蝸牛に電極を挿入し、音の周波数に応じて蝸牛内の特定の場所を電気刺激するという技術ですが、我々の研究は、内耳ではなく脳の大脳皮質の聴覚を司る部分を電極で直接刺激することにより聴覚を補償しようというものです。この方法が確立できれば、蝸牛以降の聴覚神経系にダメージを受けてしまった患者を救うことも可能となるはずです。ただし、内耳に比べて音処理のための神経活動が非常に複雑なうえ、解明されていない部分も多く、まずは聴覚皮質の神経細胞の活動に、音の特徴がどのように表現されているかを詳細に調べなくてはなりません。そのため、私たちは技術開発と並行して聴覚皮質の神経生理学的な基礎研究も行っています。

聴覚皮質には膨大な数の神経細胞がさまざまなネットワークを形成し、音に関する情報処理を行っています。また、活動や経験によって少ずつ反応の仕方が変わる機能もあり、それは脳における学習の生物学的実体だと考えられています。聴覚皮質への電気刺激で音を感じられるようにするには、経験や学習の度合いに合わせて刺激の仕方を瞬時に調整していかなくてはなりません。そのために、私たちの研究室では聴覚皮質の神経活動をリアルタイムで計測し、その都度計算して刺激を調整する次世代脳神経インタフェースを開発しています。それを実現するために、複数の電極を持ったデバイスを脳に埋め込み、計測と刺激をほぼ同時に行う技術の開発と、動物実験による機能評価に取り組んでいます。

聴覚皮質における神経活動の3次元時空間パターンの計測

複数の電極を持ったデバイスとはどのようなものですか。

写真:博士(工学) 西川 淳

西川 私たちが現在作成しているのは、微細加工技術を活用した横幅3ミリほどの櫛形電極で、これを複数積層することで多点積層櫛形電極を作成します。今回は、4段に積層した64チャンネルの多点電極を試作しました(解説1)。大阪府立産業技術総合研究所、北海道大学情報科学研究科ナノエレクトロニクス研究室(末岡和久教授)、及び京都大学ナノテクノロジーハブ拠点の協力を得て、高度な微細加工を実現することができました。

こうした多点電極を用いて、ラットの聴覚皮質における神経活動の計測を行いました(解説2)。本研究では、音の特定の周波数やタイミングが変化する音を聞かせた時のニューロン応答を複数の電極で同時に計測することで、音の特徴とニューロン応答との関係を推定します。このようにして推定した関係性のモデルを用いると、それまでに聞かせたことのない様々な音に対するニューロンの応答を予測することができるようになります。後は、音に応じて電気刺激を行い、モデルの予測する神経応答を人工的に生成することにより、デバイスによる電気刺激から音を「聞く」ことができるはずです。脳内におけるニューロンの周波数応答特性の研究は20年前から既に行われていますが、近年では時間方向のパターンも考慮にいれた研究が主流になっており、より複雑な音を感じさせることのできる人工聴覚デバイスの開発へと繋がると考えています。

私たちの研究のもう一つの特徴は、多チャンネルで信号増幅(計測)を行い、その計測結果に基づいて何らかの処理を行い、多チャンネルで時空間パターンを持った電気刺激を行うことのできるLSIチップを開発しているという点です(解説3)。㈱エイアールテックの協力を得て、64チャンネルの計測/刺激用LSIチップを5 mm 角の大きさで実現することができました。これをベースにして、聴覚皮質の神経活動をリアルタイムで計測し、その都度計算して刺激を調整する次世代脳神経インタフェースを構築したいと考えています。

このように本研究では、(1)多点電極による多数のニューロン活動の同時計測技術、(2)聴覚皮質神経活動の基礎研究、(3)リアルタイムで計測・処理・刺激ができるLSIチップの開発を同時に行っており、こうした統合的アプローチは世界的に見てもほとんど例がありません。

次世代脳神経インタフェースの医療分野への応用展開に期待

次世代脳神経インタフェース技術は今後どのような分野で活用できるとお考えですか。

博士(工学)西川 淳

西川 現在は64チャンネルの電極を用いていますが、実は1万点、10万点という規模の電極で刺激/記録する装置も技術的には十分に実現可能です。実際には配線・制御等の問題がありますが、64チャンネルのLSIチップが5ミリ角程度のサイズですから、それを多数並べることで簡単に電極の数を増やすことができます。1万点の時空間パターンでニューロンをリアルタイムに刺激/記録できれば画期的な研究成果が生まれるでしょう。そういう意味でも、私たちの研究はかなり先進的だと言えます。

膨大な数の刺激/計測点を持つマイクロデバイスが実現できると、失われた脳の機能補償や機能拡張などが可能となることが期待されます(解説4)。聴覚に限らず視覚野や運動野、さらにはより高次の脳機能を司る前頭前野などの連合野などにも適用できるはずです。多数のニューロンの活動を計測し、それに何らかの処理を行い、複雑な時空間パターンを持った電気刺激系列を脳に返すことができるわけですから、特定の脳領域の入出力関係を模倣することも不可能ではないと考えています。もし特定の脳領域を損傷してしまっても、こうしたマイクロデバイスを埋め込んで周辺の脳領域と適切に接続すれば、その脳領域の機能を補うことができます。また、健常者に対しても、様々な脳領域に接続して適切な処理を行えば、本来の能力を越える機能をデバイスにより獲得することも可能かもしれません。SFの世界に登場するような技術が、もう少しで手の届くところまで来ていると思います。こういった話は、夢のような話ではありますが、将来的には、医学や脳科学の様々な研究者にこの技術を提供したり、共同研究を行うことを通して、少しずつ実現して行きたいと考えています。

また、神経活動を制御する方法論の面では工学分野で長年培われてきた制御工学を取り入れることができるのではないかと考えています。制御工学では、想定外の状況やノイズなどがあっても安定した挙動を実現する制御則を導出する方法論が整備されています。従来の制御工学では、線形なシステムにしか適用できなかったのですが、近年の非線形制御理論の発達により、より複雑な非線形システムにも適用できるようになってきました。脳は典型的な非線形システムですので、これをうまく活用し、どんな状況でも安定して動作する制御則を導出できれば、ロバストで精緻なデバイスが可能になり、実際に医療分野に応用する場合もより効率的に研究が進められるのではないかと期待しています。神経科学の基礎研究やデバイス開発に加え、制御理論を応用した神経活動の精緻な制御法の確立も、今後研究を深めていきたい分野のひとつです。

解説

解説1:多点積層櫛形電極の開発

微細加工技術を駆使し、シリコン基板をベースとした4×4=16チャンネルの櫛形多点電極を作成。これを任意に組み合わせ4段に積層することで64チャンネルの3次元電極を実現。実際にはもっと小さいサイズで作成することも可能だが、今回はラットの聴覚皮質全領域をくまなくカバーするように、やや大きめに作っている。

図:画像処理とその応用

解説2:個々のニューロンの音に対する応答特性の評価

ニューロンが次のニューロンへ情報を伝えていく電位変動(スパイク)を計測することで、特定の周波数や変調などに特異的に応答するニューロンの活動パターンを可視化し、ニューロンの音に対する詳細な応答特性を解析する。A. ある計測点から記録された電位変動。明確なスパイクが計測されている。B. スパイク発火の頻度を活動度として表現した図。PSTH (Peri-stimulus time histogram) という。C. 音の周波数とタイミングの何処に応答しているかを解析した結果の図。STRF (Spectrotemporal receptive field) という。

図:画像処理とその応用

解説3:ミリ秒精度で刺激と計測をスイッチングできる LSIチップ

64チャンネルのそれぞれの刺激/記録点から電気刺激と信号増幅(神経活動計測)を任意のタイミングで切り換えることができるLSIチップ(A)、評価ボード(B)、インプラント基板(C)、実際に様々なタイミングで電気刺激と信号増幅を行っている様子(D)。

図:画像処理とその応用

解説4:次世代脳神経インターフェースを用いた脳の機能補償及び機能拡張

刺激/記録用マイクロデバイスを用いた脳神経インターフェースを用いた応用可能性。脳への入力としての電気刺激、脳からの出力としての信号増幅及び計測を利用し、間に何らかの処理を行うモジュールを組み込むことにより、特定の脳領域の代替が可能になる。健常脳に適切に接続すると、新たな機能を担う高次領野としての機能拡張も可能かもしれない。

図:画像処理とその応用