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細胞の「力」を精密に計測する手法を開発
工学的な視点から生命の謎に迫る

写真:博士(理学)岡嶋 孝治

情報科学研究科 生命人間情報科学専攻 
生体システム講座 細胞情報工学研究室・教授

博士(理学)岡嶋 孝治

プロフィール

1993年、東京工業大学理工学研究科物理学専攻修士課程修了。 1995年10月〜1999年3月、東京工業大学生命理工学部助手。1999年4月〜2003年3月、東京工業大学大学院生命理工学研究科助手。その間、シアフォース顕微鏡の研究、ゲルの相転移現象に関する研究、原子間力顕微鏡によるタンパク質1分子計測・イメージングの研究に従事。2003年4月〜2007年3月、北海道大学電子科学研究所附属ナノテクノロジー研究センター助教授。2007年4月〜2013年4月、北海道大学大学院情報科学研究科准教授。2013年5月より現職。

細胞は「力」を感じて生きている

細胞情報工学研究室ではどのような研究をしているのですか。

岡嶋 様々な顕微鏡技術を使った細胞の研究をしていますが、その1つが、走査プローブ顕微鏡を使った研究です。走査プローブ顕微鏡とは、鋭くとがった探針(プローブ)をサンプルの表面に近づけることによって生じる局所的な物理現象を利用した顕微鏡の総称で、私たちの研究室では原子間力顕微鏡(AFM)やイオンコンダクタンス顕微鏡を使って細胞内部や細胞表面の性質を調べています。

本研究室の特徴は、細胞を工学の立場からアプローチし、医療やバイオ工学への応用を目指している点です。細胞はそれ自身が力を発したり、周囲からの力を感じて形状や構造が変化することが知られていますが、この10年程の計測技術の急速な進歩で、その細胞の詳しい様子がわかってきました。細胞の持つさまざまな機能は、細胞の持つ「力」や「硬さ」と密接に関係していて、その力学作用の解明が、細胞機能を理解するうえで非常に重要であると考えられています。力学的な性質から、正常細胞とがん細胞を見分けることもできるのではないかと期待されています。私たちは、こうした医療分野への応用を視野に入れながらさまざまな研究を行っています。

細胞の持つ「力」の計測とはどのように行うのですか。

岡嶋 細胞は、形状を維持する弾性と変形流動する粘性の性質を併せ持つ粘弾性体です。細胞内部には核や細胞骨格などさまざまな細胞内小器官が存在し、これらが不均質に複雑に絡み合っているため、細胞の粘弾性の特徴を定義することは簡単ではありません。私たちは、細胞内小器官の個々の要素には立ち入らず、その要素を粗視化したスケールの力学物性に着目しています。細胞を建造物に例えると、建築資材そのものではなく、設計の仕方に依存する構造や強度などの性質を探索するということです。

原子間力顕微鏡はこうした細胞全体の粘弾性を計測するのに適した技術で、ひとつひとつの細胞に加えた力と変形量を直接計測することができます。

また、一個の細胞だけでなく、多数の細胞をマイクロ加工基板上に高密度に充填して測定を行う手法(解説1)も取り入れています。たくさんの細胞を一気に測定することで細胞の力学的性質を統計的にとらえることができます。なぜ統計的な計測が必要かというと、細胞には「個性」があり、その個性のばらつきを知ることで、細胞本来の性質を特定することができると考えているからです。

細胞の「個性」を特定する計測手法の開発

細胞に個性があるというのは、どういうことでしょうか。

写真:博士(理学) 岡嶋 孝治

岡嶋 同じ培地で培養した細胞でも、分裂・増殖する過程で大きさや粘弾性にばらつきが出ます。このばらつきを、私たちは「個性」と呼んでいます。個性が環境に適応するためのバリエーションの一種だとすると、これ以上ばらつきが大きくなると細胞が生きられなくなる限界があるはずです。したがって、細胞の「個性」を測定するということは、生物と非生物の境界を探索していることに相当していると言えます。その境界に、生命の重要な基本情報が隠れていると考えています。このような細胞力学特性のばらつきに関する研究は、これまでほとんど行われていませんでしたが、現在は、細胞の「個性」に興味をもつ海外の研究グループと共同研究も行っています。

細胞の「力」で、重要な構造の1つが細胞骨格です。細胞はタンパク質でできた細胞骨格によって形状や硬さが決まりますが、細胞骨格が形づくられる原理は何か、また、その構造の違いがどのように生まれるのか、実は良く分かっていません。私たちは、細胞骨格を介した細胞内での力の伝搬を計測する手法(解説2)を開発し、細胞核などの変位や形状変化を引き起こす力を調べています。

また、細胞骨格は、細胞膜とも直接結合していていることが知られています。私たちは、細胞膜のナノスケールの揺らぎを直接測ることができるイオンコンダクタンス顕微鏡法を開発していて(解説3)、細胞骨格と細胞膜との物理的な相互作用を明らかにしようとしています。

生物学分野との融合で細胞の新たな知見を得る

工学的な立場から細胞を研究することにはどのような意義があるのですか。

写真:博士(理学) 岡嶋 孝治

岡嶋 生物学は、現象を観察することから始まりますが、工学は、現象を定量化し、単純なシステムに落とし込み、メカニズムを数理的に解明し、最終的に、人間が作りだした環境下でも同じことができるようにすることを目指します。工学的なアプローチで細胞の性質を調べることで、細胞をその原理から理解できる可能性があります。

力学的な条件は生物の発生にも深く関わっていると考えられます。例えば、幹細胞は、さまざまな細胞へ分化する過程において、遺伝子だけでなく、細胞外の環境にも影響することが分かってきています。

また、 がん細胞においても、がん細胞の浸潤といった細胞運動や、良性から悪性へのがん細胞の変異が、細胞の「力」と密接に関係しているという認識が広まりつつあります。私たちの研究室も、がん細胞の「力」を定量的に明らかにし、力学的ながん細胞診断装置の開発を目指して研究を行っています。

今後どのような展開が期待さていますか。

岡嶋 がん細胞の研究のように社会に直接貢献するテーマも数多くありますが、私としては細胞の性質をより深く理解する研究を進めることも重要だと感じています。生物全般において、物理的な性質の研究は始まったばかりで、解明されていない点が数多くあります。力学的に見た細胞の仕組みが解明されてくれば、生物学と融合して、生命の神秘に迫る新しい知見が生まれるのではないかと期待しています。

解説

解説1:原子間力顕微鏡による多数細胞の計測

マイクロアレイ上に高密度に充填した単層の細胞サンプルを原子間力顕微鏡で計測。細胞の複素弾性率の細胞数分布を観測することができる。

図:原子間力顕微鏡による多数細胞の計測
図:原子間力顕微鏡による多数細胞の計測

解説2:マイクロポスト基板を用いた細胞内力伝搬の計測

柔らかい多数のマイクロスケールの柱(マイクロポスト)の上部に細胞を接着させ、マイクロポストのたわみ量から、細胞の接着点に働く牽引力を計測する。細胞の上部に接着させたカンチレバーを垂直方向に振動させることで、細胞上部から下部の接着点に伝搬する力をマイクロポストのたわみ量から計測する。

図:マイクロポスト基板を用いた細胞内力伝搬の計測
図:マイクロポスト基板を用いた細胞内力伝搬の計測

解説3:イオンコンダクタンス顕微鏡を用いた細胞膜揺らぎの計測

イオンコンダクタンス顕微鏡は、ナノピペット先端の微小孔を流れるイオン電流を測定することによって、細胞表面の位置を非接触で検知することができる。この技術を応用して、ナノスケールの細胞膜の揺らぎ量を直接計測することができる。

図:イオンコンダクタンス顕微鏡を用いた細胞膜揺らぎの計測
図:イオンコンダクタンス顕微鏡を用いた細胞膜揺らぎの計測