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電荷からスピンへと進化するエレクトロニクス分野
スピントロニクスデバイスの研究で世界をリード

写真:理学博士 山本 眞史

情報科学研究科 情報エレクトロニクス専攻 
先端エレクトロニクス講座 ナノ電子デバイス学研究室・教授

理学博士山本 眞史

プロフィール

1978年、北海道大学大学院理学研究科博士課程修了(理学博士)。同年より日本電信電話公社(1985年より日本電信電話株式会社)の研究所(武蔵野電気通信研究所、LSI研究所、システムエレクトロニクス研究所)において、ジョセフソントンネル接合デバイス、量子効果デバイス、共鳴トンネルダイオードを用いた超高速電子デバイスの研究開発に従事。2000年に北海道大学大学院工学研究科教授に就任、2004年から大学院情報科学研究科教授。現在の研究分野はスピントロニクスデバイスおよびスピントロニクス材料。応用物理学会フェロー。

革新技術として注目を集めるスピントロニクス

スピントロニクスとはどのような技術ですか。

山本 従来のエレクトロニクスは、電子の「電荷」のみを制御し、電荷の有無で「0/1」を表してきました。スピントロニクスは、電荷に加えて、電子が持つ「スピン」を活用する新しいエレクトロニクスです。

電子にはスピン(解説1)という量子力学的な特性があります。また、電子のスピンは磁石に代表される物質の強磁性に深く関わっています。強磁性体にはヒステリシス特性があり、このため、強磁性電極を用いるスピントロニクスデバイスは、基本的に、電源をオフにしても状態を保持する不揮発の特性を持っています。このため、スピントロニクスデバイスによって、不揮発性のメモリやトランジスタ、あるいは論理回路を構成することができます。さらに、論理機能可変型の不揮発の論理回路も構成することが可能です。これらの特徴によって、スピントロニクスは従来のエレクトロニクスにない優れた性能と機能を有する新しいエレクトロニクスとして大きな注目を集めています。

スピンは上向きと下向きの2つの自由度を持っています。半導体デバイスで用いられているシリコンは非磁性体です。このため、シリコンのチャネルを流れる電子については、上向きスピンをもつ電子の数と、下向きスピンをもつ電子の数が等しくなっており、スピンが表に現れることはありません。スピントロニクスでは、上向きスピンと下向きスピンの数の異なる(スピン偏極している)電子を用いることを大きな特徴としています。

私たちの研究室では、「ハーフメタル(解説2)」というスピンの向きが100%揃ったスピントロニクス材料と、ハーフメタルを用いたスピントロニクスデバイスの研究に取り組んでいます。

スピントロニクスの切り拓く新しいエレクトロニクス分野

スピントロニクスはどのような分野で期待されているのでしょうか。

写真:理学博士 山本 眞史

山本 今、最も期待されているのは、コンピュータのメモリや論理LSIの分野です。現在使われている半導体トランジスタの微細化は限界に近づきつつあります。このため、今後のコンピュータや情報機器をハードウエアの面で支えるエレクトロニクスとして、新しい概念あるいは新しい動作原理に基づく電子デバイスが必要となっています。特にLSIの素子数の増大に伴い、素子の低消費電力化が必須です。新しい概念に基づくデバイスの一つとして、電子のスピンを活用するスピントロニクスデバイスが注目を集めており、活発に研究開発が行われています。

スピントロニクスデバイスは高速動作であり、かつ、基本的に不揮発性を特徴としています。不揮発ということは、メモリの場合で言えば、電源をオフにしてもメモリ情報が保持されることを意味します。このため、スピントロニクスデバイスを用いて、高速で不揮発のメモリを実現することができます。また、スピントロニクスでは、トランジスタや論理回路の出力を不揮発にすることができます。このことは、動作中の論理LSIにおいて、動作のパスに入っていないトランジスタや論理ゲートの電源をオフにすることが出来ることを意味します。すなわち、不揮発の論理ゲートを用いると、論理LSIの消費電力を画期的に低減できることになります。

代表的なスピントロニクスデバイスの一つは強磁性トンネル接合(Magnetic Tunnel Junction:MTJ)です。MTJは電極を強磁性体としたトンネル接合デバイスであり、1から2ナノメートル程度の絶縁層を上下から強磁性体の電極で挟んだ構造となっています(解説3)。極薄膜の絶縁層では量子力学のトンネル現象が起こり、電子はある確率で極薄絶縁層をトンネルします。ここで大事なことは、トンネルする電子のスピンが保存されることです。この原理によると、上下の強磁性電極の磁化が平行であれば、相対的に大きなトンネル電流が得られ、磁化が反平行であれば小さな電流が得られます。MTJは、この特性を利用して情報の書き込み/読み出しを行います。

また、MTJは、強磁性電極の磁化の相対的な向きを2値情報に対応させているために、電源をオフにしても情報が保持されます。このため、MTJをメモリセルに用いることによって、不揮発性のメモリであるMRAMを構成することができます。このMRAM(解説4)は、不揮発性の他に、DRAMと同程度の高速性、高い信頼性(高い書き換え耐性)を特徴として持っており、さらに、潜在的にDRAMと同程度のメモリ容量が可能です。このため、現行のパソコンに搭載されているDRAM並みのメモリ容量を持ったMRAMは起動時間の極めて短い、インスタントオンのコンピュータの実現につながると期待されています。

スピンの向きが100%揃ったハーフメタルの研究

スピントロニクス材料としてのハーフメタルの特徴は。

写真:理学博士 山本 眞史

山本 スピントロニクスデバイスには、上向きスピンと下向きスピンの数に差がある状態を作り出すスピン源が必要です。通常、スピン源として強磁性体が用いられます。MTJの場合には、トンネル接合の電極が強磁性体となっており、スピン偏極した電子のトンネリングを用いています。MTJをメモリセルに用いるMRAMの場合、メモリ周辺回路はシリコンCMOS回路で構成されており、この点は従来のシリコンLSIと変わりません。メモリセルは、1個のMTJと、セルを選択するための1個のMOSトランジスタから構成されています。また、シリコンMOSトランジスタのソースとドレインの電極を強磁性電極に置き換えて、不揮発を特徴とするスピントランジスタを実現することが出来ます。このように、スピントロニクスデバイスでは、強磁性体をデバイスの電極に用いることによって、スピン偏極した電子をトンネルさせたり、スピン偏極した電子を半導体チャネルに注入し、制御することを動作原理としています。

このように、スピントロニクスデバイスでは、スピン偏極した電子を主役として用いるので、スピン偏極の度合い(スピン偏極率)の大きい強磁性電極を用いるほど、デバイスの性能が向上します。ハーフメタルはスピン偏極率が100%となる強磁性体であるために、スピン偏極した電子を用いるスピントロニクス材料としては理想的な材料です。例えば、現在、MRAM開発に用いられている強磁性電極材料は強磁性体のCoとFeの合金に非磁性のBを添加したCoFeB合金です。この材料のスピン偏極率は50%程度です。私達の研究室では、ハーフメタルの中でもホイスラー合金を中心に研究を行っています。ホイスラー合金はハーフメタルの中でも強磁性転移温度が高く1000度K程度です。このため、室温で十分に余裕をもって使うことのできる強磁性材料です。また、ホイスラー合金については、そのいくつかについて、理論的にハーフメタル特性が指摘されています。私たちは、ホイスラー合金とトンネルバリアとしてのMgOの格子定数が比較的近い値を持つことに着目し、ホイスラー合金と極薄膜のMgOバリアからなる単結晶エピタキシャル構造のMTJを提案し、実現しました。図Aにホイスラー合金の一つであるCo2MnSiを用いたMTJの層構造の電子顕微鏡写真を示します。Co2MnSiの強磁性下部電極の上に、絶縁体であるMgOトンネルバリア(2.5ナノメートル)が堆積され、さらに、その上にCo2MnSiの強磁性上部電極が堆積されています。原子が1個ずつ積み重なって堆積されていることが電子顕微鏡写真に示されています。

このようにMTJは異なる材料、今の場合では、ホイスラー合金薄膜とMgOトンネルバリアを積み重ねた層構造により構成されます。これをヘテロ構造と言います。優れたデバイスの特性を得るためには、薄膜として特性が優れているだけではなく、ホイスラー合金薄膜とMgOバリアの界面の構造が優れていることが重要です。図Aに示したように、私たちは、原子1個のレベルで平坦な、ホイスラー合金薄膜とMgOバリアの界面を実現しました。

私たちはさらに、ホイスラー合金Co2MnSiについて、本来はMnのサイトである原子位置に、Co原子が入るような構造欠陥が、ハーフメタル性を阻害する主な要因となっていることを実験的に明らかにしました。また、この構造欠陥を抑制するためには、Mnを過剰な組成にすることが有効であることを明らかにしました。この知見はMTJに限らず、ホイスラー合金をスピントロニクスデバイスに広く応用する上での普遍的な知見となるものです。また、界面でのホイスラー合金とMgOバリアの格子定数の差を低減するような層構造の工夫によって、コヒーレントトンネリングと呼ばれる効果が増大され、MTJのデバイス特性がさらに優れたものとなることを明らかにしました。この結果もMTJに限らず、ホイスラー合金からMgOトンネルバリアを介して半導体チャネルにスピンを注入する際にも有効なものです。

これらの知見を総合して、室温においてホイスラー合金を用いたMTJの優れたデバイス特性を実証しました(図B)。図BはMTJの2つの強磁性電極の磁化が反平行と平行の時のトンネル磁気抵抗を示しています。この比が大きいほど優れたデバイス特性となります。図Bに示すように室温において非常に大きなトンネル磁気抵抗比を実証しました。これは世界をリードする研究成果です。

広く適用できる知見を明らかにし、次世代のエレクトロニクスを担うスピントロニクスデバイスの創出を目指す

スピントロニクスデバイスの研究は今後どのような方向へ進むのですか。

山本 スピン源としてのハーフメタルは、MTJに限らず、半導体スピントランジスタ、また、ハードディスクの磁気ヘッドに用いられるGMRデバイスと呼ばれるデバイスなど、多くのスピントロニクスデバイスに大変望ましい材料です。このように、ハーフメタルは現在、MRAMの実用化の研究に用いられているCoFeBの次の世代のスピントロニクス材料として、大きな期待がかけられています。重要なことは、研究を進める中で、より普遍的な知見を明らかにしていくことです。これによって、スピントロニクスデバイスの研究の進展により広く貢献することが出来ると思います。私たちは、具体的にMTJにホイスラー合金を適用し、デバイス特性を実証すると共に、デバイス特性を決めている要因を明らかにしてきましたが、これらの知見は、より広くハーフメタルをスピントロニクスデバイスに適用していく上での重要な知見となり、次世代のエレクトロニクスを担うスピントロニクスデバイスの創出につながるものと期待しています。

MTJで実証されたホイスラー合金の高いスピン偏極率を用いると新しい可能性を切り拓くことも可能です。最近、私たちの研究室では、ホイスラー合金電極から半導体GaAsのチャネルにスピン偏極した電子を注入するとともに、電子スピンと、GaAs結晶を構成している原子の核スピンとの相互作用を利用して、核スピンを効率よくスピン偏極できることを見出しました。この結果は、従来のスピントロニクスデバイスの概念を超えて、スピンを用いる量子情報の研究分野の発展の端緒となるものです。

高度情報化社会の現代、より大量のデータをより高速で使いたいという要求はますます高まるでしょう。スピントロニクスはこれまでのシリコンLSIの限界を突破できるような可能性を持っており、今後の研究には大きな期待がかけられていると思います。

解説

解説1:電子のスピン

「スピン角運動量」のことを略してスピンという。電子のスピンは電子の自転に相当する物理量として説明されることが多いが、電子は素粒子であり、大きさを持っていないので、古典力学的な自転は存在しない。すなわち、古典力学では説明できない物理量であり、原子のような微視的な世界での粒子の運動の法則である量子力学によって初めて理解される物理量である。スピン角運動量はスピン磁気モーメントを伴う。また、物質の強磁性は電子のスピンと深く関わっている。

電子のスピン角運動量 (スピン)
電子のスピン角運動量 (スピン)

解説2:ハーフメタル

伝導に寄与する電子について、そのスピンの向きが100%揃った強磁性体をハーフメタルと呼ぶ。本研究では、その多くがハーフメタルと理論的に指摘されており、かつ、強磁性転移温度が1000度K程度と室温よりもはるかに大きく、室温で強磁性体として用いすることのできるホイスラー合金に着目して、研究を進めている。具体的には、ホイスラー合金とMgOトンネルバリアの単結晶でエピタキシャルの構造(原子が一層ずつ、格子位置を合わせて、積み重なった層構造)を用いた強磁性トンネル接合デバイスを製作し、そのスピンに依存したトンネル特性を解明するとともに、優れたデバイス特性の実証を進めている。ホイスラー合金とMgOトンネルバリアの単結晶エピタキシャル構造をスピン源とする、半導体へのスピン注入の研究も進めている。

ハーフメタル
ハーフメタル

解説3:強磁性トンネル接合デバイス

強磁性トンネル接合(MTJ)では、絶縁層を挟む強磁性電極の一方の磁化を固定しておき、他の一方の磁化の向きを制御信号によって(あるいはスピン偏極した電子を流すことによって)2通りに変え、電極間の磁化の相対的な関係を「平行」、「反平行」の2通りに設定する。これがメモリの書き込み動作に相当する。また、一定電流を流して両電極間の電圧を取り出すと、磁化平行の時は電圧が小さく、磁化反平行の時は電圧が大きくなる。これがメモリの読み出し動作に相当する。スピン偏極度の大きな強磁性電極を用いるほど、”0”と”1”の読み出し信号の差が大きくなる。また、電源オフの状態でもスピンの向きを保つことができるため、不揮発のメモリを実現することができる。

強磁性トンネル接合デバイス
強磁性トンネル接合デバイス

解説4:MRAM(Magnetoresistive Random Access Memory)

現在、ほとんどのパソコンには、HDD(ハードディスクドライブ)と半導体トランジスタを用いたDRAM・SRAMと呼ばれるメモリが使われている。HDDは電源をオフにしても記録が消えない不揮発性のメモリで、現行のパソコンでは電源を入れた後、ハードディスクから必要なファイルをDRAMにコピーするのに時間が掛かっている。DRAMとSRAMは高速動作のメモリであるが、電源をオフにすると内容が消えてしまう揮発性のメモリである。強磁性トンネル接合デバイスを使ったMRAMは、DRAMとHDD/フラッシュメモリの役割の統合を可能にすると考えられ、実際にDRAM並みのメモリ容量を持ったMRAMの実用化が進められている。

図A: ホイスラー合金を用いた単結晶エピタキシャル構造の強磁性トンネル接合

図A: ホイスラー合金を用いた単結晶エピタキシャル構造の強磁性トンネル接合
図A: ホイスラー合金を用いた単結晶エピタキシャル構造の強磁性トンネル接合

図B. ホイスラー合金を用いたMTJのデバイス特性

図B. ホイスラー合金を用いたMTJのデバイス特性
図B. ホイスラー合金を用いたMTJのデバイス特性