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生体の神経細胞を模したニューロモルフィックデバイスの開発
低消費電力で自律的に動く新しいAIの実現を目指す

写真:博士(理学) 赤井 恵

情報科学研究院
情報エレクトロニクス部門  集積システム分野
集積ナノシステム研究室・教授

博士(理学)赤井 恵

プロフィール

1994年03月岡山大学大学院理学研究科修士課程修了。1997年03月大阪大学大学院理学研究科博士課程修了。1997年04月大阪大学超高圧電子顕微鏡センター日本学術振興会リサーチアソシエイト、1999年同工学研究科精密科学 日本学術振興会 COE特別研究員、2001年理化学研究所表面界面工学研究室協力研究員、2002年04月大阪大学工学研究科精密科学 科学技術振興機構SORST 研究員、2004年同工学研究科物質生命工学 科学技術振興機構ICORP研究員、2005年科学技術振興機構 戦略的創造事業推進事業さきがけ「構造制御と機能」研究領域 研究員。2007年より大阪大学工学研究科精密科学・応用物理学専攻助手および助教。2007年同工学研究科精密科学・応用物理学専攻助教。2015年 科学技術振興機構 CREST・さきがけ複合領域 「素材・デバイス・システム融合による革新的ナノエレクトロニクスの創成」研究員。2019年12月北海道大学 大学院情報科学研究院 情報エレクトロニクス部門准教授、2020年9月より同教授。

AIに使われる革新的なニューラルネットワークの研究開発

現在どのような研究を行なっているのですか。

赤井 私は今、AI(人工知能)に使われるニューラルネットワークの物理的な構築を目指しています。特に「ニューロモルフィック」技術と融合させることよって、実現に近づけようとしています。

現在使われているAIの多くはニューラルネットワークという人間の脳の構造を模倣した仕組みが応用されていますが、実際はコンピュータの中にあるソフトウェアの機能で計算しています。これに対しニューロモルフィックでは、無機・有機の材料を用いて神経細胞の動きを再現するチップや回路、デバイスを開発し、それらを集積することで人間の脳と同じような神経細胞の動きを実現しようとします。これらを組みあわせることで、より現実の脳に近いやわらかいAIの実現化を目指しています。

私は、もともとは基礎科学である物性物理や表面科学を研究していました。情報科学の研究には携わっていなかったのですが、ナノテクノロジーに興味を持ち、純粋な基礎科学だけでなく社会に役立つ応用分野もやってみたいという思いから、ナノデバイスの研究開発に取り組むようになりました。ニューロモルフィックと出会ったのは2012〜13年頃、ニューロン同士をつなぐシナプスを伝導性ポリマーで作る試みに着手したことです。試行錯誤の末、溶液内の重合によって成長する成長するポリマーワイヤーを用いたニューラルネットワークを実現しました(解説1)。ポリマーワイヤーは作製設備や材料が安価である上に、電極間の配線の自由度が高く、三次元空間で高密度な構造を構成することが可能です。さらにポリマーワイヤーはニューロンと非常によく似た樹状形状をするため、より生体に近いニューラルネットワークを形成することができるのはないかと考えています。

また、2015年に有機伝導性材料のネットワークにクーロンブロッケイド伝導が発現することを世界で初めて発見(解説2)したことも、情報科学に関わる要因の一つでした。クーロンブロッケイド伝導はこれまで無機微粒子の低次元集合体、それも極低温でのみ発現すると考えられてきましたが、本研究成果により、有機、分子デバイスの物性理解や設計に大きく役立つと期待されました。研究当時は、これを実際の情報処理に使うところまでは至らなかったのですが、ネットワークの複雑性に魅せられてニューラルネットワークの研究にシフトした契機となりました。

生体ニューロンのノイズやスパイク発火と類似する現象を確認

ニューロモルフィックにはどのような特徴があるのでしょうか。

博士(理学)赤井 恵

赤井 ニューロモルフィック素子を使ったネットワークには面白い現象を起こすものが多く、たくさんの発見があります。

そのひとつが、ナノ材料を用いたネットワーク内で起こるノイズやスパイク発火です。脳内のニューロン同士の信号伝達ではさまざまなゆらぎ(脳の自発活動におけるリズム)、ノイズ(神経細胞の活動によって発生する雑音)、スパイク発火(短いスパイク状の活動電位の生成)が起こり、それが生体の信号感受能力に有効利用されていると考えられています。

そこで2018年に、大阪大学と北海道大学、九州工業大学との共同研究によって、カーボンナノチューブ(CNT)とポリオキソメタレート分子(POM)の高密度ネットワークデバイスから、ニューロンのスパイク発火に似たインパルス状の信号を生成することに成功し、その機構を明らかにしました。ナノ材料を用いて神経細胞機能を模倣した素子として、将来の応用展開が期待されています(解説3)。

ナノ材料素子に見られるゆらぎやノイズ、スパイク発火は、脳や生体の中での現象との類似性が多いのが特徴です。例えば、(図1)は人間の睡眠中の脳波とナノ材料素子の自励発信とを比較したものです。意図的に脳波を模倣しているわけではなく、ナノ材料素子に電圧をかけた際の現象に過ぎないのですが、ノイズの現れ方が人間の脳波に似ているというだけでも非常に興味深いと思います。

ゆらぎやノイズが信号伝達に効率的に利用されるメカニズムの一つに「確率共鳴」があり、脳の低消費エネルギー動作や複雑な情報伝達システムに関連していると考えられています。これまでのテクノロジー開発はノイズを除去することに力を注いできましたが、近年はむしろノイズを利用してニューラルネットワークの低消費電力化を目指す研究が進められています。神経細胞の活動によく似た現象を持つポリマーワイヤーやナノ材料などを使ったニューロモルフィックデバイスの実現は、現在のコンピュータを構成している回路素子とは異なる、まったく新しい人工知能の材料になり得るのではないかと大きな期待をかけています。

人との出会い、関わりによって進展する研究活動

今後、AIやニューロモルフィックの研究はどのように進んでいくのでしょうか。

博士(理学) 赤井 恵

赤井 ニューロモルフィックの研究の歴史はそれなりに長いのですが、脳の奥深さは果てしなく、基礎研究の面でも応用の面でもまだまだ探求すべきところが残されています。今後は、ニューロモルフィックの物性や特徴を解明していくとともに、革命的なAIの開発につながる研究を続けていきたいですね。

また、最近はリザバーコンピューティングが注目を集めています。リザバーコンピューティングは、小脳を模した計算モデルとして提唱されているもので、信号の読み出し部のみを簡便なアルゴリズムで訓練することで、高速な学習を可能にするニューラルネットワークです。将来的にはリザバーコンピュータにニューロモルフィックデバイスを実装することができるのではないかと考えています。

私は2019年12月に情報科学研究院に着任しました。当研究院は情報科学のみならず工学・理学・化学・医学など多様な分野の研究者が集まる、まさに複合領域の研究院だと思います。アイディアとは自分一人で思いつくものではなく、人と出会い、いろいろなことを話し合う中で湧き出るものであり、研究は人との関わりの中で進んでいくものだと改めて感じています。私自身の好奇心も大いに刺激され、ニューロモルフィック工学にとどまらず幅広い研究テーマが生まれています。今後は、当研究院の研究環境を生かしつつ、AIの発展に寄与する研究に取り組みたいと思っています。

解説

解説1:溶液内の電極間に成長するPEDOT:PSSワイヤー

溶液の中で重合によって線状に成長するポリマーワイヤーを用いたニューラルネットワーク作製を行っている。ポリピロールやポリエチレンジオキシチオフェン(PEDOT)は、原料となるモノマー溶液内に浸漬した電極間に交流電界を印加することによってワイヤー状に成長する。溶液は電流を流すための電解質を必要とし、ポリマー重合後はその電界質がドープ材料となり、ワイヤーに導電性をもたらす。成長するワイヤーの径、本数、枝分かれの有無等は印加する電圧の周波数や振幅によって大きく影響を受ける。電極形状によって電界の集中が起こり、より電流密度の高い部分にのみワイヤー成長が起っている。

図
溶液内の電極完に成長するPEDOT:PSSワイヤー

解説2:有機導体に発現するクーロンブロッケイド伝導の発見

有機導電性材料内におけるクーロンブロッケイド伝導を世界で初めて証明。有機導体は一般的に構造が不規則なものが多く、電荷は伝導性の高い部分から次の高い部分へと飛び移らなくてはならない。その時にクーロンブロッケイドが発現する。クーロンブロッケイド伝導はこれまで無機微粒子の低次元集合体、それも極低温でのみ発現すると考えられてきた。今回の研究では、有機導電性ポリマーの2次元超薄膜にクーロンブロッケイド 伝導が起こっているという実験的証拠をとらえることに成功した。

プレスリリース:世界初!有機導体に発現するクーロンブロッケイド伝導を発見

解説3:カーボンナノチューブと分子の乱雑ネットワークが神経様スパイク発火を可能に

田中啓文(九州工業大学大学院生命体工学研究科教授)及び小川琢治(大阪大学大学院理学研究科教授)、カーボンナノチューブ(CNT)とポリオキソメタレート分子(POM)の高密度ネットワークデバイスを作製し、神経細胞(ニューロン)のスパイク発火に似たインパルス状の信号を発生させることに成功。また、浅井哲也(北海道大学大学院情報科学研究科教授)らのグループとの共同研究において、特殊な電荷貯め込み特性を持ったランダムネットワークモデルのシミュレーション計算からスパイク発火の機構を提案し、これらの機能が未来の人工知能や超高速計算をもたらすニューロモルフィックデバイスを構成する材料として期待出来ることを示した。

プレスリリース:カーボンナノチューブと分子の乱雑ネットワークが神経様スパイク発火を可能に

図1

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