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量子ドットを用いた光電変換で室温動作の壁を突破
光スピントロニクスのパラダイムシフトを起こす

写真:准教授・博士(工学) 樋浦 論志

情報科学研究院
情報エレクトロニクス部門 集積システム分野
電子材料学研究室・准教授

博士(工学)樋浦 諭志

プロフィール

2014年03月、北海道大学 情報科学研究科 情報エレクトロニクス専攻 修士課程修了。2016年12月、同博士後期課程修了。2015年12月〜 2016年02月、株式会社東芝生産技術センター 光技術研究部 研究インターンシップ。2015年04月〜2016年03月、北海道医療大学 薬学部 非常勤講師。2016年04月〜12月、日本学術振興会 特別研究員 DC2。2017年02月〜2020年02月、北海道大学 大学院情報科学研究院 助教。2020年03月より同大学院情報科学研究院 准教授(アンビシャステニュアトラック)。2021年04月より科学技術振興機構 創発的研究支援事業 創発研究者。

次世代の情報通信を担うスピントロニクスで
消費電力を極限まで抑えた光電変換を実現

電子材料学研究室ではどのような研究をしているのですか。

樋浦 新しい電子・光機能を持つエレクトロニクス技術の創出を目指して、ナノ電子材料に関する研究を行っています。研究内容としては、(1)結晶成長、(2)光学的評価、(3)光デバイス応用があり、結晶成長の分野では、宇宙空間に近い超高真空の環境下で高純度な半導体の試料を作っています。当研究室には超高真空複合エピタキシーシステムをはじめとする世界最先端の設備があり、極めて純度の高い半導体結晶を成長させることができます。次に、ここで作られた試料にレーザを当て、試料が発光する際の一瞬の光強度の変化とその経過時間をストリークカメラで測定。半導体中の電子のふるまいを評価し、試料の良し悪しを検討しながら試料設計にフィードバックしています。さらに、当研究室の特徴として、それらの技術を応用した光デバイスの開発にも取り組んでおり、実用化を目指した研究開発を進めています。

現在私たちが使っている高度情報システムは、電子情報処理であるコンピューティングと、光通信を中心としたインターネットにより支えられています。そこにはコンピュータの電気信号を光信号に、あるいは光信号を電気信号に変換する「光電変換」というプロセスがあり、半導体レーザや半導体フォトダイオードといった光電変換素子が必要です(図1)。
現在のエレクトロニクスでは電子の電荷を情報キャリアに用い、電源オフで記憶情報が損失する揮発性記憶媒体のため、待機電力・動作電力ともに大きく、消費電力の削減が大きな課題となっています。これを解決する新技術として期待されているのが、電子のスピンを情報キャリアに用いる「スピントロニクス」で、電源オフでも記憶情報を保持するうえ、待機電力ゼロ・動作電力1/100という特徴があります。

スピントロニクスを可能にする光電変換素子の材料として私たちが注目しているのが量子ドットです。量子ドットとは、数十ナノメートル程度の半導体結晶のことで、量子ドットにスピンを持った電子を閉じ込め、スピンを円偏光発光に転写することができます(図2)。半導体量子ドットは電子スピンと光の情報変換媒体として有望視されており、精密な結晶で高密度の量子ドットを作製することができれば、電力エネルギー消費量が格段に少ない高性能の発光ダイオード(LED)やレーザ素子を実現できます。
ところが、現状の半導体量子ドットではスピン情報が容易に失われ、実用に不可欠な高いスピン偏極が室温では得られません。これは「室温動作の壁」と呼ばれ、半導体量子ドットの実用化を阻む大きな課題となっていました。

私たちの研究グループは、スウェーデンのリンショーピン大学、フィンランドのタンペレ大学との国際共同研究で、室温動作の壁を突破する革新的技術の開発に成功したのです。

半導体の常識を覆し室温でもスピン偏極を保持
世界最高性能のスピン増幅に成功

室温動作の壁を突破する新技術とはどのようなものですか。

博士(工学) 樋浦 論志

樋浦 量子ドットを実用化するには、室温以上でほぼ完全にスピン偏極した電子を生成する必要があります。しかし、現在実用化されている半導体の量子ドットでは、室温では時間経過が100ピコセカンド以下で急速にスピンが失われ、これまでの研究では室温の電子スピン偏極率は60%以下にとどまっていました。

この「室温動作の壁」を破るブレイクスルー技術となったのが、希薄窒化物半導体(GaNAs)を隣接させた量子ドットです。GaNAsは数%程度の窒素を導入した半導体で、2009年にリンショーピン大学がGaNAsは室温で電子スピン偏極の増幅(スピンフィルタリング効果)が起きることを発見しました。これは他の半導体に見られない特殊な性質です。

私たちが開発した半導体試料では、GaNAsでスピン偏極を高めた電子を量子ドット発光層にトンネル注入し、室温でも高い電子スピン偏極を生成することに成功しました(解説1)。
この新しい半導体ナノ構造では室温で90%、110℃でも80%に至る巨大なスピン増幅現象が見られ、低温よりもむしろ室温の方が性能が高いことがわかりました。さらに、発光層に用いているInAs量子ドットは、200℃を超える高温環境下でも安定したレーザ発振が実証されています。今回実証した電子スピン偏極の増幅機能をレーザに搭載することにより、スピン情報を長距離の情報伝送手段である光通信に応用するためのスピン偏極レーザなど、光スピントロニクスデバイスの開発が急速に加速されると期待されます。本研究成果は、2021年4月8日(木)公開の英国科学雑誌Nature Photonics誌にオンライン掲載され、Web上での論文の話題度を示す指標であるAltmetric Scoreで154(2021年9月30日時点)を記録。2021年出版論文のトップ1.6%に入る快挙となり、注目度の高さを示しています。

ネガティブな側面に潜む変革のきっかけ
その発見と活用でオンリーワンの技術を創出

今後の展開についてお聞かせください。

博士(工学) 樋浦 論志

樋浦 リンショーピン大学、タンペレ大学との国際共同研究は今後も継続する予定です。リンショーピン大学は前述のようにGaNAsの室温スピン増幅に関する豊富な知識と経験を持っており、タンペレ大学はGaNAsの結晶成長において高い技術力を有しています。加えて本研究室が持つ半導体中の電子スピンの動きを測定できる超高速光計測技術とデバイス開発技術で、光電融合技術の新次元を切り拓きたいと考えています。

今回の研究成果は、従来「欠陥」と思われていた希薄窒化物半導体の特性が、逆に室温動作の壁を破る要因になっていたことが興味深い点です。私たちが半導体中の高効率な電子スピン輸送に向けて最近注目している超格子というナノ構造も、じつは50年以上前に江崎玲於奈博士が発見した長い歴史を持つ技術です。現代の研究者があまり注目しないネガティブな領域や、古いと思われている技術にブレイクスルーのヒントが隠されていて、しかもそれが現代の新しい技術開発に大きな変革をもたらすキーテクノロジーになることはとても面白いと思います。最先端の技術を追い求めることも確かにやりがいがあるのですが、私としては、「ナンバーワンよりオンリーワン」「新しいものに安易に飛びつかない」という信念を持ち続けたいと思っています。

図1

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図2

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解説

解説1:GaNAsを隣接させた量子ドットによる室温動作の壁の突破

実用の光デバイス半導体材料である希薄窒化ガリウムヒ素(GaNAs)とインジウムヒ素(InAs)量子ドットからなる独自の量子力学的トンネル結合を開発。室温でスピンフィルタリング増幅が働くGaNAsにより、量子ドット中の電子スピン偏極を大きく増幅することに成功した。この新しい半導体ナノ構造により、室温で90%、110℃でも80%もの世界最高の電子スピン偏極率を達成し、従来の半導体光スピントロニクスが抱えてきた、実用化を妨げている最大の問題であった室温動作の壁を大きく打破した。

図
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電子材料学研究室紹介slideshow(動画を再生)