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磁気メモリの大幅な省電力化を実現する
新原理の実証と磁気制御の機構の解明

写真:准教授・博士(工学) 山ノ内 路彦

情報科学研究院
情報エレクトロニクス部門 先端エレクトロニクス分野
ナノ電子デバイス学研究室・准教授

博士(工学)山ノ内 路彦

プロフィール

2003年9月、東北大学 大学院 工学研究科 電子工学専攻 修士課程修了。2006年9月、東北大学 大学院 工学研究科 電子工学専攻 博士課程修了。2006年10月〜2007年3月、独立行政法人科学技術振興機構 ERATO大野半導体スピントロニクスプロジェクト 研究員。2007年4月〜2010年3月 日立製作所(株) 基礎研究所 研究員。2010年4月〜2012年3月、東北大学 省エネルギー・スピントロニクス集積化システムセンター 助教。2012年4月〜2014年4月 東北大学 電気通信研究所 助教。2014年5月〜2020年8月 北海道大学 電子科学研究所 准教授。2020年9月より北海道大学 大学院情報科学研究院 准教授。

スピンを活用した新しいデバイスの開発
実用化への課題は省電力化

山ノ内先生が現在取り組んでいる研究テーマはどのようなものですか。

博士(工学) 山ノ内 路彦

山ノ内 ナノ電子デバイス学研究室では、電子のもつ電荷とスピンという二つ自由度を活用した新しいデバイスを構築する「スピントロニクス」という分野で、強磁性体や半導体などの物質中でのスピン状態の電気的な制御・検出に関する研究を行っています。

スピントロニクスは、高速かつ大容量の不揮発性メモリ(電源オフでも記憶情報を保持するメモリ)や、それを利用した高機能論理回路に利用できると期待されています。不揮発性メモリの一種に「磁気メモリ」と呼ばれるものがあり、磁石(磁化)の方向を情報の0、1に対応させ、磁化を反転することで情報の書き込みを行います。磁化方向を電気的に制御するにはいくつか方法があり、磁気抵抗効果を利用したものや、素子に電流を流すことにより磁壁が移動する「電流誘起磁壁移動」(解説1)という現象を利用したものがあります。現在実用化されているMRAM(磁気ランダムアクセスメモリ)は磁気抵抗(トンネル磁気抵抗効果:TMR効果)を利用したものです。
電流誘起磁壁移動については1980年代から研究が続けられていますが、未だ不明な点があります。また、磁壁の移動を用いた磁化反転は、一般的な磁石では磁壁移動に要する電流が大きく、実用化にあたっては省電力化が大きな課題となっていました。

ところで、ルテニウム酸ストロンチウム(SrRuO3)という酸化物の磁石では、一般的な磁石の約100分の1程度の電流で磁壁を移動できることが知られています。2007年にその現象が確認され、磁壁を通過するように電流を流すと、電流が磁壁に対して磁場と等価な有効磁場として作用し、電流の方向に磁壁が移動します(解説2)。ルテニウム酸ストロンチウムにおける有効磁場は、ごく狭い温度範囲では従来原理でも説明できますが、広い温度範囲では従来原理で説明できないほど大きくなる兆候が認められており、その原因は長らく謎となっていました。

そんな中、「ワイル点」と呼ばれる特殊な電子状態を持つ磁石では、その電子状態に起因した「トポロジカルホールトルク(新原理トルク)」という新たな原理が、有効磁場による磁壁移動に関係することが理論的に示されました。2021年12月に国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(JAEA)が発表した新原理で、これが長年の謎を解明する大きなきっかけとなりました。

※JAEAプレスリリース https://www.jaea.go.jp/02/press2021/p21122402/

ワイル点に起因した新原理トルクを
世界で初めて実証

長年の謎はどのように解明されたのですか。

博士(工学) 山ノ内 路彦

山ノ内 ワイル点のような特殊な電子状態をもつ物質では、電圧をかけた際、電子が電圧に対して垂直方向に動く(速度を得る)性質があり、「異常速度」と呼ばれています。トポロジカルホールトルクは、この異常速度に関係しています。

ルテニウム酸ストロンチウムはワイル点を持つ物質で、異常速度を示します。そのため、ルテニウム酸ストロンチウムでは、この異常速度によってトポロジカルホールトルクが誘起されるではないかと考えました。(解説3)そこで、私は、日本原子力研究開発機構先端基礎研究センターと共同で、トポロジカルホールトルクの理論を用いて、ルテニウム酸ストロンチウムの電流誘起磁壁移動の機構について研究を行いました。

電流による磁壁移動の機構を解明する鍵となるのが、電流が磁壁に及ぼす有効磁場の温度依存性です。本研究では、ルテニウム酸ストロンチウムにおいて低電流で磁壁が移動する謎を明らかにするために、電流が磁壁に及ぼす有効磁場(磁場と等価な作用)の温度依存性を詳細に調べました。その結果、有効磁場は温度に対して2つのピークをもつ特異な温度依存性を示すことがわかりました。
このルテニウム酸ストロンチウムにおける有効磁場の特異な温度依存性と大きさは、新原理トルクでよく説明できることがわかりました。新原理トルクによる有効磁場を実験的に検証し観測したことは、本研究が初めての成功となります(解説4)。

※北大プレスリリース https://www.jaea.go.jp/02/press2021/p21122402/

新たな物質開発により
磁気メモリの大幅な省力化に期待

─新原理トルクの解明により磁気メモリの開発にどのような進展があるのでしょうか。

博士(工学) 山ノ内 路彦

山ノ内 ルテニウム酸ストロンチウムは強磁性体ですが、磁気メモリの材料として利用するには不向きな面もあります。今回の研究成果は直接的に実用化・製品化につながる研究というよりは、新しい原理を提唱し、電気的な磁気制御の基本原理である「スピン移行トルク」とは異なる、省電力化が可能な新たな磁気制御のメカニズムを提案するものです。

近年、ルテニウム酸ストロンチウムと同様にワイル点をもつ磁石は比較的多く見つかっており、このような磁石を磁気メモリに適用することにより、磁気メモリの大幅な省電力化につながることが期待されます。本研究室では、ワイル点をもつ磁性材料のひとつとして知られるコバルト・マンガン・ガリウム(Co2MnGa)をはじめとしたCo基ホイスラー合金などの研究も行っており、スピントロニクス素子への応用などに関する研究と技術開発に取り組んでいます。

私は、東北大学で電気工学を学び、大学院時代からずっと磁壁の研究に携わってきました。ルテニウム酸ストロンチウムの特殊な性質についてはその頃から知っていましたが、当時はまだワイル点やトポロジーなどの概念が発展しておらず、磁壁移動の仕組みとの関連性もまったく考えられていませんでした。2014年に北海道大学へ移り、酸化物の磁石の研究に着手したことと、スピントロニクスの技術が進化したことにより、新しい原理の発見やその実証ができたことは大きな経験だったと思います。

解説

解説1:磁気メモリの仕組みと磁壁移動

磁石(磁化)の方向が揃った領域のことを磁区と呼ぶ。磁壁は異なる磁石の方向を持った磁区と磁区の境界にできる遷移領域のことで、この磁壁を移動させることにより、磁石の方向を反転させることができる。

図
図1. 磁石の方向,磁化と情報(0,1)の対応関係の模式図。
図
図2. 電流による磁壁移動の模式図。

解説2:ルテニウム酸ストロンチウム(SrRuO3)の磁壁移動

磁壁を通過するように電流を流すと、電流が磁壁に対して磁場と等価な有効磁場として作用し、電流の方向に磁壁が移動する。

図
図3. 磁場(左)と電流(右)による磁壁の移動の模式図。

解説3:異常速度とトポロジカルホールトルク

ワイル点のような特殊な電子状態をもつ物質では、磁壁中で電流の方向が曲げられ(異常速度)、その曲げられた電流によって磁壁にトルクが作用する。この新原理によるトルクを「トポロジカルホールトルク」という。このトルクは、磁壁に対して磁壁を移動させる有効磁場として作用する。

図
図4. トポロジカルホールトルクによる有効磁場と異常ホール効果の模式図。

解説4:有効磁場の温度依存性の実証

先行研究の温度範囲においては、先行研究と同様に温度の低下とともに有効磁場は増加するが、その温度範囲よりも低温になると、2つのピークをもつ特異な温度依存性を示す。また、SrRuO3における有効磁場の大きさは従来原理では説明できないほど大きいことを明らかにした。さらに、ワイル点に起因した新原理トルクの理論値と実験結果を比較したところ、この有効磁場の特異な温度依存性と大きさは、新原理トルクでよく説明できることがわかった。

図
図5. 単位電流当たりに誘起される有効磁場の温度依存性を記録したグラフ。
図
図6. 単位電界当たりに誘起される有効磁場の実験値と新原理の理論値の比較。