language
注意事項
当サイトの中国語、韓国語ページは、機械的な自動翻訳サービスを使用しています。
翻訳結果は自動翻訳を行う翻訳システムに依存します。場合によっては、不正確または意図しない翻訳となる可能性があります。
翻訳サービスを利用した結果について、一切を保証することはできません。
翻訳サービスを利用される場合は、自動翻訳が100%正確ではないことを理解の上で利用してください。

発想の転換により従来の概念を覆し
生体イメージング空間を広げる

写真:博士(情報科学) 渋川 敦史

電子科学研究所
生命科学研究部門  光情報生命科学研究分野・准教授
情報科学院 情報科学専攻 生体情報工学コース 

博士(情報科学)渋川 敦史

プロフィール

2009年4月~2011年3月、北海道大学・大学院情報科学研究科・博士前期課程。2011年4月〜2014年3月、同博士後期課程。2015年7月〜2018年1月、カリフォルニア工科大学・博士研究員。2018年3月~2021年3月、岡山大学・特任助教。2021年4月~現在 北海道大学・准教授。

イメージング可能な空間の限界を突破

─光情報生命科学研究分野ではどのような研究を行っているのですか。

渋川 私たちの研究室では、光技術と情報技術を融合した新技術を創出し、生命科学の新たな展開を生み出すことを目標としています。さらに、研究成果の実用化・事業化を通じた社会還元も目指しています。特に、生体試料の観察に欠かせない蛍光顕微鏡や、生体を光で操作する光遺伝学のための高速光制御技術、さらに撮像データから情報を最大限に引き出すデータ解析技術を開拓することにより、これまでは捉えることが困難であった多様な生命活動のダイナミクスを可視化し、生命科学の進展に貢献することを目標にしています。

現在、私たちの研究室では、(1)高速ライトシート顕微鏡による全脳カルシウムイメージング、(2)高速・大規模多光子励起蛍光顕微鏡の開発、(3)広視野イメージング手法の開発、(4)生体深部イメージング手法の開発、(5)高速ブリルアン散乱顕微鏡の開発など、複数のプロジェクトが進行中です。(1)と(2)は三上教授を中心に研究室全体で進めているプロジェクト、(3)と(4)は私がJSTの創発的研究支援事業の下で進めているプロジェクト、(5)は石島助教が進めているプロジェクトになります。

生命科学の分野では、生体内部の構造や機能を解明する技術として生体イメージングが重要な役割を担っています。しかし、標準的な光学顕微鏡による生体観察では、横方向と深さ方向の観察範囲に物理的な制約があります。横方向の観察範囲(視野)は、主に生体試料に直接アプローチする「対物レンズ」の性能によって制限を受けます。具体的に、細胞個体の空間分解能(約1μm)を持つ市販対物レンズを用いる場合、観察可能な視野は1mm程度になります。一方で、深さ方向の観察範囲は、主に生体組織の多重散乱によって制限を受けます。深部イメージングが可能な多光子励起顕微鏡を用いたとしても、イメージング可能な深さは1mm程度にとどまります。このように、生体イメージングにおける観察可能な範囲は、横方向と深さ方向それぞれに異なる要因による制限が存在し、観察できる生命現象や生体組織の範囲には大きな制限があります。例えば、マウスの脳は直径10mm、深さ5mm程度の体積をもちますが、現状の光学顕微鏡を用いて神経活動を観察しようとすると、脳のごく一部の表層しか観察できません。この生体イメージングにおける空間的な制約という本質的な課題を解決するために、私は、JST創発的研究事業の下、広視野イメージング手法や生体深部イメージング手法の開発にこれまで取り組んできました。

生体イメージングの視野限界の拡大を実現

─具体的にはどのような技術を研究開発しているのでしょうか。

博士(情報科学)渋川 敦史

渋川 一つ目は、メタサーフェスを用いた広視野散乱レンズの研究です。本研究では、従来とは全く異なる独創的なアプローチとして、精密に設計された散乱媒質として機能する「メタサーフェス」と私の専門技術である「コンプレックス波面整形技術」を融合させた「散乱レンズ」を提案し、その実証に成功しました。

すりガラスなどの散乱媒質をレンズとして機能させるためには、どのような光を入力すると、どのような光が出力されるか、いわゆる散乱媒質の「入出力特性」を事前に測定する必要があります。しかしながら、生体イメージングの広視野化を目的として散乱レンズを用いる場合、この入出力特性の測定には膨大な時間がかかってしまうという課題がありました。

本研究では、光の波長よりも小さな構造体を2次元的に配列したメタサーフェスを散乱媒質として設計し、背後の散乱光をコンプレックス波面整形技術により制御することで、入出力特性の事前測定を不要とする広視野散乱レンズの実現に成功しました。このメタサーフェスを用いた散乱レンズによって、市販対物レンズを凌駕する空間分解能0.7μmと視野8mmの両立を実現し、超広視野蛍光イメージングを達成しました (解説1)。

二つ目は、波面整形アシスト型の対物レンズを用いた超広視野イメージングの研究です。前述のメタサーフェスを用いた広視野散乱レンズは、従来の市販対物レンズにおける視野と空間分解能のトレードオフを打破する革新的な技術ですが、光利用効率が非常に低いため、生体イメージングには必ずしも適していないという課題がありました。そこで私は、「波面整形アシスト型の対物レンズ」という新しいアプローチを提唱しました。これは、完璧に見える収差の無い対物レンズを設計するのではなく、意図的に「収差のある対物レンズ」を設計し、後から波面整形によって収差の補正を行うというアプローチです。対物レンズに対して収差を許容するという独自の発想により、レンズ設計の難易度を大幅に下げ、レンズメーカーに依頼することなく、自分たちの手で対物レンズを設計し、組み立てることが可能になりました。広視野化を目的として開発される従来の大型対物レンズは10枚以上のレンズから構成されることが一般的ですが、本研究で開発した対物レンズはわずか4枚のレンズから構成されており、コストも100万円程度に抑えることができました。サイズも市販の対物レンズと同等のコンパクトさを実現しています(解説2)。

さらに、この「波面整形アシスト型対物レンズ」を基盤とした二光子励起顕微鏡を実装し、空間分解能0.7μmと視野10mmを両立させた超広視野蛍光イメージングが可能であることを実証しました。光利用効率90%以上も達成し、前述した散乱レンズが抱えていた課題も克服しています。本研究は、従来の対物レンズ設計に対して新たな視点を提示し、広視野イメージング技術においてパラダイムシフトをもたらす可能性があると信じています。

世界最速の波面整形デバイスで生体イメージングの深さ限界を打破

─光計測技術の今後の可能性などについてお聞かせください。

博士(情報科学) 渋川 敦史

渋川 生体イメージングの「横方向の観察範囲の拡大」だけでなく、生体イメージングの「深さ方向の観察範囲の拡大」も非常に重要なテーマのひとつです。前述した通り、マウスの脳は最深部が5mm程度ですが、従来の深部イメージング手法として標準的な二光子励起顕微鏡でも脳の表層1mmまでしかイメージングできないのが現状です。一方、コンプレックス波面整形技術は、生体内の多重散乱光を集光することができるため、従来では不可能だった深部領域での光スポットの生成を可能とします。例えば、この技術を駆使することで、鶏の胸肉の深部2.5mmの位置に光スポットが生成できることが報告されています。しかしながら、血流が多く動きの激しい組織、特に脳や心臓などのダイナミックな生体組織に対して、このコンプレックス波面整形技術を適用するには、現状ではまだ大きな課題が残されています。実際の応用には、波面整形デバイスの「高速化」や光スポットを生成するためのガイドスターの「高変調効率化」など、多くの技術的ハードルを乗り越える必要があります。

私は、独自の光学設計により、従来用いられていた二次元空間変調器を一次元空間変調器に変換する手法を開発しました。これにより、従来の空間変調器(デジタルマイクロミラーデバイス)と比べて、約1000倍高速な波面変調速度の実現に成功し、波面整形デバイスの「高速化」という重要な課題をクリアしました。この世界最速の波面整形デバイスは、生体イメージング以外にも半導体露光、量子コンピュータ、3Dプリンタなどさまざまな先端光学技術の基盤デバイスとして幅広い分野での応用が期待されています。コンプレックス波面整形技術のマウス脳への応用にはまだ多くの課題が残されていますが、一つ一つ確実に乗り越えながら、二光子励起顕微鏡を超える深部イメージング手法の実現に向けて、今後も挑戦を続けていきたいと考えています。

大学で研究を行う最大の醍醐味は、誰からの制限を受けることなく、自分独自の発想を具現化し、研究活動を通して自らの個性を表現できる点にあります。企業などでの研究では、ビジネス上の制約や社会的ニーズに応じたテーマ設定が求められるため、研究の自由度はどうしても限界があります。しかし、大学においては、自らの知的好奇心に従って研究テーマを自由に選び、深く掘り下げることができます。また、研究成果を発表することで、かつて研究留学していた際に築いた海外の研究者とのネットワークを通じて、さまざまなフィードバックを得ることができます。こうした国際的な知的交流も、研究を続ける上での大きなモチベーションのひとつです。社会の中に存在する課題や、日々の研究活動や文献調査から生まれる疑問に対して、自分なりの視点と発想で挑み、従来のない新しい技術や知見を創出する。そして、このようなプロセスを通じて、研究者としての自分を表現する。私はそこにこそ研究者としての大きな喜びがあると感じています。学生の皆さんには、ぜひ「世界」という広く多様な舞台の中で、好奇心と意欲を持って主体的に研究に取り組んでほしいと強く願っています。

解説

解説1:ランダムメタサーフェスを用いた超広視野蛍光イメージング

厳密に設計・作成されたランダムメタサーフェスを採用し、光の入出力特性の測定を完全に不要にした広視野散乱レンズを実現(図a)。メタサーフェスは、カリフォルニア工科大学のNanophotonicsグループとの共同で設計・作製したもので、幅70nm〜250nmの無数のナノポストで構成される(図b)。実験では、ランダムメタサーフェスを用いた散乱レンズによって、高空間分解能(0.5μm)と超広視野(8mm)を兼ね備えた超広視野蛍光イメージングを世界で初めて実証(図c)。この散乱レンズによって達成された視野(8mm)は、同じ空間分解能(0.5μm)を達成できる市販対物レンズの視野(1mm)と比べて、面積比で64倍にも及ぶ。 この論文 は、公開後大きな注目を集め、320件ほどの引用件数を誇っている。

図

解説2:波面整形アシスト型対物レンズを用いた超広視野顕微鏡

波面収差を許容する対物レンズの設計アプローチを提唱することで、レンズ設計の難易度を大幅に緩和させ、研究者自身でカスタム対物レンズの設計や組立が可能な世界を実現。カスタム対物レンズの収差は、空間光変調器を用いた波面整形によって光学的に補正(図a)。設計した対物レンズはわずか4枚のレンズから構成され、サイズも市販の対物レンズと同等のコンパクトさを実現している(図b)。カスタム対物レンズを基盤とした二光子励起顕微鏡を実装し、空間分解能0.7μmと視野10mmを両立させた超広視野蛍光イメージングを実証(図c)。

図